上村さんの悪性リンパ腫体験記 ― 余命1ヶ月からの今 ― #01 — 

上村さんの悪性リンパ腫体験記 ― 余命1ヶ月からの今 ― #01 — 

「当院でも前例がありません」と言われた日

〜ALCLという稀な悪性リンパ腫との再戦〜

4年前、私は**ALCL(未分化大細胞リンパ腫)**という悪性リンパ腫を発症しました。

当時、医師から提示された治療はCHOP療法という抗がん剤治療でした。

「この治療が効かなければ、次は難しいかもしれません。」

そんな説明を受けたことを今でも覚えています。

正直、不安でした。

ですが、その時の私は運よく治療がよく効き、6回の抗がん剤治療を経て寛解することができました。

本当に奇跡のようでした。

そして私は、再び日常を取り戻しました。

仕事に戻り、いつものように忙しく働き、普通の毎日が戻ってきました。

ところが4年後。

まさか再び、この病気と向き合うことになるとは思ってもいませんでした。

しかも今回は、さらに厳しい状況でした。

私のALCLは、非常に稀なケースとして中枢神経(脳)に病変が及んでいたのです。

主治医から言われた言葉が忘れられません。

「当院でも前例がありません。」

標準治療がない。

つまり、決まった正解がないということでした。

先生方は何度もカンファレンスを開き、私にとって最善と思われる治療法を検討してくださいました。

その結果、まず選ばれたのが大量メソトレキセート療法でした。

脳の病変に対応するための抗がん剤治療です。

1回目の治療後、MRIを見て驚きました。

あれほど大きかった脳の腫瘍が、約1cm小さくなっていたのです。

「効いている!」

本当にうれしかった。

希望が見えた気がしました。

ところが、現実はそんなに甘くありませんでした。

2回目。

3回目。

変化が止まったのです。

医師からは静かにこう告げられました。

「変化がないということは、実質的には後退しているのと同じです。」

言葉の意味はすぐに理解できました。

効かなくなった。

そういうことでした。

そこで次に提示されたのが、アドセトリスという抗がん剤でした。

初めて聞く名前でした。

正直、漫画に出てきそうな名前だな…と一瞬思いましたが、先生の表情は真剣でした。

私に残された数少ない選択肢の一つ。

そんな空気を感じました。

私はその日、Tシャツに短パン、財布だけという軽い格好で病院へ行っていました。

いつもの診察のつもりでした。

ですが、そのまま入院となりました。

それも、長期入院。

まさか、その日から人生が大きく変わるとは思ってもいませんでした。

しかも時はコロナ禍。

家族にも会えない。

社員にも会えない。

お客様にも会えない。

病気と闘うことよりも、孤独と向き合うことの方がつらかったかもしれません。

それでも、私はまだどこかで

「何とかなる」

と思っていました。

ですが、その時はまだ、本当の試練の始まりだったのです。

コメントを書く

CAPTCHA