民間療法3

2023.12.08

こんにちは。
がん治療研究者の岸本です。

引き続き民間療法のお話です。
高濃度ビタミンC療法に並ぶ有名ながんの民間療法として、皆さんもご存じだと思いますが、糖質制限療法があります。
実は、この療法はメカニズムとしては理にかなっており、ノーベル賞学者(ワールブルグ博士)が発見した現象に基づいています。
そのメカニズムとは、まず、哺乳類細胞の大部分は、グルコースを燃料として使用します。


正常細胞では、グルコースは酸素の存在下で解糖系を経てTCA回路、電子伝達系に回り、エネルギー源であるATPを作り出します。
酸素が存在しない場合は、グルコースは解糖系からTCA回路、電子伝達系には行かず、ATPと乳酸を生成します。
これを嫌気的解糖系と呼び、激しい運動をすると筋肉痛になるのは、酸素が足りず嫌気的解糖系が進み乳酸が筋肉に蓄積するためです。


実は、がん細胞では、酸素の存在下でもグルコースからATPと乳酸の生成が起こります(ワールブルグ効果)。
そして、がん細胞のエネルギー源ATPの大部分が、このワールブルグ効果によって作られています。
従って、グルコース=糖質を制限すれば、がんはエネルギー源を失い死滅する、というメカニズムです。
また、糖質制限法にはケトン体摂取が付きものです。
グルコースを制限すると正常細胞にもダメージが起こるため、その代替としてケトン体を摂り、エネルギー源ATPを作り出すという理由です。 がん細胞は、ケトン体からATPを作り出す酵素のいくつかが消失している場合が多く、がん細胞には益にはなりません。
これだけ聞くと糖質制限は完璧ながん治療法だと思われませんか???
が、実はそうではありません。

ここで読者からの質問に答えていきます。

(Q.1)
癌の人はお砂糖食べない方が良いとよく聞くので、糖質制限のお話とても気になります!
がん細胞の周りには、乳酸がたくさん蓄積されてる、という事ですかね?

(A.1)
その通りです。
がん組織の周辺(がん微小環境と言います)はそれ故に酸性になっていると言われています。
酸性であることはがんにとって有利なことが多く、例えば転移は酸性条件下で促進されると言われています。
さらに、酸性側にいることで抗がん耐性に関わる遺伝子群が誘導されてしまうそうです。
糖質を制限することで乳酸が作られるのを止めたくなる気持ちはよく分かります。

先程の話の続きは後ほどで。


(Q.2)
身体が酸性になると、癌に有利な環境になるんですね
そうなると糖質制限した方が絶対に良いように思いますが…
続きを楽しみにしています!

(A.2)
こんばんは。
糖質制限の続きです。

糖質制限+ケトン体摂取療法は完璧な理論に基づく有効な治療法だと思われるかもしれません。
が、実際はがん細胞、そして生体はそのような単純なことではありません。
エネルギーを作り出すシステムはグルコースやケトン体だけではなく、ごく一部の局所的な現象だけで動くものではありません。

がんは環境の様々な変化に対応する能力を持っており、例えば、ブドウ糖が少なくなるとAMPKという酵素を活性化させ、細胞分裂を止めて無駄なエネルギーを使わず、じっと潜むことができます。
また、オートファジーを活性化させて細胞を溶かし、エネルギー源や栄養素、細胞の材料を作り出すことができます。

さらに厄介なことに、実は正常細胞もワールブルグ効果を利用してエネルギーや細胞の材料を作り出している場合もあります。
例えば、免疫細胞(T細胞)の活性化にはワールブルグ効果が必要です。

糖質制限はがんに何かしらの効果はあるかも知れませんが、抗がんはそれだけでは不十分
であり、かつ正常細胞にも障害を与えてしまう場合もあります。
それよりも、体の体調を整え、バランスの良い食事をし、免疫力を上げることが一番重要だと思います。
がん治療は一筋縄では行かないものだと感じています。




参考文献
Vander Heiden MG et al., (2009) Understanding the Warburg effect: the
metabolic requirements of cell proliferation. Science 324(5930), 1029-33.