戻ってきた日常――それでも再発への不安は消えない
2026.10.08

退院して、少しずつ日常が戻ってきました。
朝起きる。
食事をする。
外に出る。
仕事をする。
人と会う。
病院のベッドの上にいた時には、どれも遠い世界のことのように感じていました。
それが少しずつ戻ってきた。
普通の生活ができる。
それだけで、本当にありがたいと思いました。
でも――
「もう大丈夫だ。」
と、心から思えたわけではありませんでした。
日常が戻っても、頭のどこかにある
体力は少しずつ戻っていきました。
仕事も少しずつできるようになりました。
人と会って話す。
電話をする。
外出する。
以前なら当たり前だったことが、またできるようになった。
そのたびに、
「戻ってきたな。」
と思いました。
でも同時に、
頭のどこかに、いつも同じ言葉がありました。
「また再発するんじゃないか。」
一度ならまだしも、
私は何度も再発を経験しています。
「今度こそ大丈夫。」
そう思いたい。
でも、簡単にはそう思えない。
それが正直な気持ちでした。
少しの異変でも気になる
病気を何度も経験すると、
身体のちょっとした変化にも敏感になります。
少しだるい。
少し頭が重い。
少し歩きにくい。
何となくいつもと違う。
そんなことがあると、
「また何か出ているんじゃないか。」
と考えてしまいます。
病気になる前なら、
「疲れているだけだろう。」
で終わっていたことです。
でも、再発を経験したあとは違います。
小さな変化が、
大きな不安につながる。
これも、病気のあとに残るものの一つだと思います。
MRIの前は、今でも少し怖い
検査の日が近づくと、
やはり落ち着かなくなります。
特にMRI。
何度も、
その画像で現実を見てきました。
「何もありません。」
と言われた時の安心。
そして、
「またあります。」
と言われた時の衝撃。
どちらも経験しています。
だから検査の前は、
どうしても考えます。
「今回も大丈夫だろうか。」
結果が出るまでの時間は、
何度経験しても慣れません。
でも、不安だけで生きたくはない
再発が怖い。
それは消えません。
でも、
その不安だけで毎日を過ごすのも違うと思っています。
まだ起きていないことを、
ずっと心配し続けても仕方がない。
私は何度も、
「じゃあ、今できることは何だ。」
と考えてきました。
病気になった時もそうでした。
再発した時もそうでした。
移植を決めた時もそうでした。
そして今も同じです。
再発が怖いなら、
検査を受ける。
体調を確認する。
無理をしすぎない。
できることをやる。
そして、
何も起きていない今日は、今日として生きる。
それしかありません。
以前とは、少し違う日常
日常は戻ってきました。
でも、病気になる前とまったく同じではありません。
以前は、
明日が来ることを疑っていませんでした。
予定を入れる。
仕事をする。
来月のことを考える。
来年のことを考える。
それが普通でした。
でも今は、
「今日を普通に過ごせた。」
ということ自体に意味を感じます。
人と会えた。
仕事ができた。
家に帰れた。
ご飯を食べられた。
眠れた。
そんな一日が、
以前よりずっと大切になりました。
がんになって変わったこと
がんになって、
失ったものもあります。
体力。
時間。
仕事の機会。
不安のなかった生活。
でも一方で、
気づいたこともあります。
普通の一日が、どれだけ貴重なのか。
これは、
病気になる前の自分には分からなかったことです。
以前の私は、
もっと先ばかり見ていた気がします。
次の仕事。
次の目標。
次の数字。
でも今は、
今日という一日もちゃんと見るようになりました。
再発への不安は、たぶん消えない
正直に言えば、
再発への不安は、
これからも完全には消えないと思います。
何年経っても、
検査の前には不安になるかもしれない。
ちょっとした体調の変化にも、
敏感になるかもしれない。
でも、
それでいいと思っています。
不安があるからこそ、
自分の身体を見る。
検査も受ける。
そして、
一日一日を大切にする。
不安をなくすことより、
不安と一緒に生きていくこと。
それが大事なのかもしれません。
それでも私は、前を向く
何度再発しても、
そのたびに私は、
「もう終わりだ。」
ではなく、
「じゃあ、次はどうする。」
と考えてきました。
これから先、
何が起きるかは分かりません。
再発しないかもしれない。
また何か起きるかもしれない。
それは誰にも分かりません。
だからこそ、
今できることをやる。
会いたい人に会う。
やりたい仕事をする。
家族と過ごす。
笑う。
そして、
生きられる今日を、生きる。



