再び脳腫瘍。それでも私は前を向いた #19

悪性リンパ腫体験記

3か月前のMRIには、何も写っていなかった。

それなのに、ある日突然、ろれつが回らなくなりました。

「これはおかしい。」

すぐに病院へ行き、MRIを撮ると、再び脳に腫瘍が見つかりました。

再発です。

「またか。」

もちろんショックはありました。

でも、最初に脳腫瘍が見つかった時とは、私自身の受け止め方が少し違っていました。

一度、脳腫瘍と闘ってきた。

手術もした。

抗がん剤治療も経験した。

副作用で歩くことさえ難しくなったこともある。

それでも私は戻ってきた。

そして4年間、普通に仕事をして、生きてきた。

だから今回も、

「じゃあ、次はどうする。」

そう考えました。

「全脳照射しかない」と言う医師。「それだけはやらない」と言う私

再発した私に、医師から提示された治療の一つが全脳照射でした。

しかし、私はこれを断りました。

実は私は10年ほど前から、

「自分は全脳照射だけは絶対にやらない。」

と決めていました。

もちろん、放射線治療そのものを否定しているわけではありません。

治療の必要性やメリット・デメリットは、患者それぞれの病状によって違います。

ただ、私自身は全脳照射による影響などを考え、自分の人生、自分の仕事、そして治療後の生活まで考えたうえで、

「私はやらない。」

そう決めていました。

医師から勧められても、私は断りました。

それでも医師は、私を諦めませんでした。

前回効かなかった抗がん剤を、もう一度

そこで次に提案されたのが、抗がん剤治療でした。

中心となったのがメトトレキサート(MTX)

そして**オンコビン(ビンクリスチン)**などを組み合わせた治療です。

ただ、私には迷いがありました。

メトトレキサートは、前回の治療でも使っています。

そして、私自身としては、

「前回効かなかった薬を、もう一度やって意味があるのか。」

という思いがありました。

全脳照射はやりたくない。

かといって、前回思うような結果が出なかった抗がん剤をもう一度やることにも抵抗がある。

私は迷いました。

それでも、先生は諦めなかった

そんな私に、先生は治療の必要性を何度も説明してくれました。

「まだできる治療がある。」

その熱意が伝わってきました。

私は患者として治療を断ることもできます。

でも同時に、

「この先生は、本気で私を助けようとしてくれている。」

そう感じました。

最終的に私は、その先生の熱意に動かされました。

「分かりました。もう一度、抗がん剤をやります。」

そう決めました。

これは、先生に押し切られたということではありません。

説明を聞き、自分で考え、最後は自分自身で選んだ治療です。

また、治療が始まった

こうして私は、再び抗がん剤治療に挑戦することになりました。

怖くないと言えば嘘になります。

これまで抗がん剤の副作用も十分に経験してきました。

それでも治療を選びました。

なぜなら、

まだ生きたいからです。

仕事もしたい。

会いたい人もいる。

やりたいことも、まだたくさんあります。

だから、できる治療があるなら挑戦する。

一方で、トロン温浴も続けました。

私にとって、

医師と相談しながら医学的な治療を受ける。

そして、自分が信じて続けてきたこともやる。

生きるために、できることをやる。

それが、何度も病気と向き合ってきた私の答えです。

そして、この治療の先に、私はさらに大きな決断をすることになります。

自家造血幹細胞移植です。

これまで経験した治療とはまた違う、大きな治療でした。

それでも私は、やることを決めました。