コロナ病棟の孤独と、勝ち取った5日間-#02-

2026.05.14

コロナ病棟の孤独と、勝ち取った5日間-#02-

〜「外に出たい」その一心で ~

アドセトリスという新しい抗がん剤治療が始まることになり、私はそのまま長期入院となりました。

しかも主治医から告げられたのは、かなり厳しい言葉でした。

「しばらく退院は難しいです。少なくとも年内は病院から出られないと思ってください。」

正直、頭が真っ白になりました。

私はその日、いつもの診察のつもりで病院へ行っただけでした。

Tシャツに短パン、財布だけ。

まさか、そのまま何ヶ月も病院生活になるとは思ってもいませんでした。

そして、時はコロナ禍。

この時代を経験した方なら分かると思いますが、あの頃の病院は本当に厳しかった。

面会は禁止。

家族にも会えない。

友人にも会えない。

当然、社員にも会えない。

私は経営者です。

病気のことも不安でしたが、それ以上に会社のことが気になって仕方ありませんでした。

お客様は大丈夫だろうか。

社員は困っていないだろうか。

現場は回っているだろうか。

頭の中はそんなことばかりでした。

でも、自分は病室から一歩も出られない。

何もできない。

この「何もできない」という感覚が、本当に苦しかった。

病気と闘うというより、孤独と無力感と闘っていた気がします。

もちろん、家族や社員、友人、お客様から励ましの言葉はたくさんいただきました。

それが本当に支えになりました。

でも、それでもやっぱり——

家に帰りたかった。

ただそれだけでした。

病気を治すために入院しているのは分かっています。

先生方が必死に治療してくださっているのも分かっています。

でも、人間というのは理屈だけではありません。

「家に帰りたい」

「外の空気を吸いたい」

「普通の生活に戻りたい」

その気持ちは日に日に強くなっていきました。

そこで私は主治医にお願いしました。

「一度だけでも外に出させてください。」

会社のこともあります。

家族のこともあります。

身の回りの整理もしたい。

もしこの先どうなるか分からないなら、なおさら一度外に出ておきたい。

そんな気持ちでした。

そして、何度かお願いを続けた結果——

ついに、5日間の一時退院が認められたのです。

本当にうれしかった。

あの時の解放感は今でも忘れられません。

病院を出て、まず最初に向かったのは近所の海鮮丼屋でした。

ネギトロ丼を食べました。

何でもない普通のランチです。

でも、その時の私には涙が出るほど美味しかった。

「日常って、こんなにありがたいものだったんだ」

そう心から思いました。

そして、その5日間は、ただの一時退院では終わりませんでした。

友人から一本の電話が入ったのです。

「トロン風呂に行こう。」

実は、私は4年前にもトロンの話を聞いたことがありました。

当時ある先生から、

「3ヶ月毎日続ければ変わるかもしれない」

と言われたことがありました。

でも、その頃は抗がん剤治療が順調で、正直そこまで真剣には考えていませんでした。

ところが今回、その先生に再会して驚きました。

以前より明らかに顔色が良く、とても元気だったのです。

先生ご自身も癌を経験されていました。

そして毎日トロンを続けていると聞きました。

その姿を見て、私は思いました。

「これは一度、本気で向き合ってみよう。」

この5日間。

私はただ休むだけではなく、自分にできることを全部やってみようと思いました。

そして、その選択が、まさか私の人生を大きく変えることになるとは、この時はまだ思ってもいませんでした。

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